結婚相談所の大阪

なまけ癖と放蕩っぷりで、30歳を超えていました

今考えるとばかばかし話ですが、子供の頃からノストラダムスの大予言を信じていて、どうせ1999年に消滅するなら、頑張っても仕方ないと考えていました。

大いに遊びほうけていたのですが、何も起こらず1999年は過ぎていました。

自分のなまけ癖と放蕩っぷりだけが残ったのです。

すでに30歳を超えていました。

結婚して子供が生まれれば、1999年の最後が悲しすぎるばかりだと結婚も考えていなかったのですが、もう滅亡しないなら生きてゆくしかありません。

一人で生きてゆくのは悲しすぎます。

ようやく「結婚はそのうちしよう」という気持ちが生まれました。

しかし先ほども言ったように、放蕩癖だけが残っている私です。

婚活だって、大してがんばってはいませんでした。

両親が亡くなって、いよいよ焦りました。

母の最期に「孫の顔でも見たかった」という言葉は胸に刺さり、このままではいけないと本気で思い始めました。

とはいえ、もうすでに50歳手前。

遊ぶことはたくさんあっても、本気の恋愛すらしたことがないままです。

向上心なく来たのですから、所得も低く貯金もありません。

そんな男と結婚するという女性がいるはずもないような気がしていました。

それでも結婚願望はしっかり芽生えていましたので、結婚相談所に頼んでみました。

成婚率がすべてではないことは予想がつきますが、来るか来ないかわからない出会いを待つよりも、積極行動を起こさねばと思っていました。

月に2人ほど女性を紹介してもらい、この頼りがいのない私を気に入ってくれる人がいませんでした。

しかし自分で小料理屋をして頑張ってきた女性は違いました。

バツイチの女性でしたが、暴力を振るわず、一緒にいて気兼ねがない男性がいいとのこと。

家事がおろそかになっても許してもらえるかと暴力を振るわないことが、優先順位上位の条件だったようです。

収入や財産などはどうでもいいと。

今まで一人暮らしをしてきたのですから、今更世話を焼いてもらう必要のない私は、その人の明るい性格に好意を持ちました。

その人が今の妻です。

人を喜ばせることに関心がなかった私ですが、それも少しづつ芽生えました。

これが恋愛なのかもしれません。